自民党の改革

お元気でございますか、お伺いします。

成城大学を卒業して50年になります。私の媒酌人は賀屋興宜先生ご夫妻でしたが、昭和39年12月24日に春子夫人が急逝され、賀屋正雄・和子様ご夫妻にご相談してお仲人をお願いし、昭和40年3月に結婚式をあげました。

実は、賀屋興宜先生が10年の巣鴨の獄中生活を経て昭和30年巣鴨からでて昭和33年に衆議院議員に当選されました。 戦犯の応援はしないと近づかなかったのですが、ある時お話しを聞いて感銘し、自民党に34年12月に入党以来、自民党の改革なくして日本の改革はないと取り組んできました。世田谷支部初代支部長は賀屋先生でした。40年余を経て私が自民党世田谷総支部長の役目を与えられました。議員暦のない支部長は初めてです。これを天の課題と受けました。7月20日のことです。支部長代行の際はご挨拶状を出すのは控えましたが、今回は所信をお伝えしたくご挨拶をさせて頂きます。

賀屋先生は日本の政治の金権化することを大変危惧されていました。その遺志を受け継ぎ、自民党の改革こそ日本の政治改革なりを旗印とする小泉改革は賀屋興宜先生の遺志そのものです。全力をあげて邁進することが政治の良化運動です。

支部長代行に就任しご挨拶をした時から私の心は揺れることなく変わりません。青い鳥は外にあるのではなく己の心にあるのです。自己改革を放棄して未来はありません。自民党の改革こそ日本の政治の改革なのです。世田谷から東京を、日本を変えるのです。

41歳の越智たかお君は政治の未来を託せる人間です。前回は78,000票を獲得、5万表の差で負けました。その後、東大大学院で国際政治学を2年間学び卒業しましたが、これからの政治家は国際政治が分からないと通用しません。倦まざる学びの姿勢に共感します。今回は136,750票、6,467票の差で勝利しました。

特に、3年前自民党世田谷支部内選挙に立候補して候補者に決定されました。まさに自立の精神です。日本の次世代の候補と云っても過言ではありません。

以上の経過をおくみ取りいただきたいと存じます。後輩の小宮山洋子議員には自民党世田谷支部責任者としてエールの交換をし、フェアな政治の一歩としました。

尚、7月3日は政党、政派を超えて世田谷御霊祭りを行いました。賀屋興宜、広川弘弾,小坂徳三郎、鈴木茂三郎、徳田球一、三輪寿壮、本島百合子、安井大吉、石井紘基、長島壮行、佐野保房、佐藤栄作、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸、竹下登、石黒忠篤、矢野酉雄、中村庸一郎、三塚博、迫水久常、河野一郎、小山雄央、内藤義雄、土田正人、小林三四、栃倉晴二、石川右三郎、染野愛、本田誠、奈良友雄、林永二諸氏、先人の皆様32名の御霊祭りを行いました。区長、世田谷在住の衆参議員、都議、支部長、物故の方々です。
心を新たに、この責務に取り組む所存です。どうぞ、宜しく鞭撻、ご指導の程お願いします。

2005年10月06日

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