靖国神社参拝の是非論について

小泉純一郎首相が靖国神社を参拝することに賛否両論が問われている。そのさなかで小泉内閣の支持率が8ポイントあがり48%に上昇しているが、靖国神社参拝反対の意思表示の方が42%、賛成38%で多いのが不思議である。

そこで中国、韓国の中止申し入れにたいして、これも不思議なのは1972年に日中国交回復時、その70年代は何の申し入れも生まれていない、戦後総決算を提唱した1985年、中曽根康弘首相の靖国神社公式参拝から異議申し入れが始まり、その際、非公式に総理、外務大臣、官房長官は避けて欲しいとの話があったとも云われている。

参拝反対の42%のうち近隣諸国との摩擦回避が60%を越えているのでこれは参拝はさけるべきの考えが世論を形成する状況があるが、これはアンケートで決めることではない。問題の本質は日本の国自身の存立を決める根源をもっている。かって、日本はイギリスと不平等条約を平等にするため、50年の歳月を要するほど大変なことであった。陸奥宗光外務大臣はそのため生命を賭して取り組んで解決した。

今回の靖国参拝の問題はそれと同様な意義を孕んでいる。その都度お詫びとなし崩しの姿勢で靖国を避けてきたことが累積し、賓の河原現象となっている。 靖国神社は参拝してはいけないのか。中国、韓国は声高に靖国神社参拝の中止をもとめるが、それは何故だろう。これについて日本としてきちんと歴史的、論理的、伝統、宗教心、国民的立場で論証することが出来ないのか。

歴史認識を一緒にすることは出来るようで出来ないのが現実である。実例をあげると、1909年10月伊藤博文元首相はハルピン駅頭においてピストルで安重根により暗殺された。 安重根は日本では暗殺殺人だが韓国では英雄である。立場によりこれは大きくことなるがこのような事態は幾つもある。

私がある会で一流会社の人と名刺交換をした。安の姓であったので、或いはと思い安重根の縁の方ですかと尋ねたら「その様です。」と云われた。日本であるからこのように社会で活動が出来る。自由を認める、許す社会である。

相互理解、相互信頼は民族の歴史、伝統、文化の違いを認めることからが始まりである。 1945年の敗戦により1968年当時の西ドイツを抜いて世界第3位の経済国に躍りでて以来、経済の実力は認められながら歴史、伝統、文化、民族の独立は認められていないのに等しい。ドイツもイタリアは国防省があるが、日本は軍隊と同じ自衛力はもちながら防衛庁であるのは、どこかにコンプレックスを有している。それは他国の圧力ではない。民族としての独立心の欠如といえる。国が外圧でつぶれたことは皆無である。外圧により内部が分裂し、国の尊厳、自律が保てなくなり破綻をしていく。

これは中国4千年の攻防の歴史にもよく描かれるところである。靖国参拝で何故日本のマスコミが公人か私人かを何故問うのであろうか。中国始め外国の記者に問われるのならばまだ分かるのだが、外国の記者は愛国心をもっているのでこの様な尋ねはしない。

日本が今日あるのは周囲が海であること天皇家の存在が求心力としてきたからである。 勿論、天皇家の国、国民に対する献身的姿勢がそれを支えてきたからである。これは、終戦の際の迫水久常内閣書記官長が語られた秘話が今も歴然とその事を伝えている。  民主党の管直人氏が語るものは自身が日本人であることにふれていない。1992年7月22日の君が代・日の丸法案に反対をした根底は何であるのか。日本の独立は精神の独立なくして存在しない。その原点が君が代・日の丸法案であることに想いをいたすことが必要ではないのだろうか。

靖国神社は広辞林によれば、東京都千代田区九段坂上にある下別格官弊社。明治維新のころから以後の殉国者の霊を祭る。1869年(明治2年)創建。初め招魂社といったが、 79年靖国神社と改称した。これだけでは靖国神社を学ぶことは出来ない。

日本の歴史で明治維新は素晴らしい足跡を残しているが、勝てば官軍のむごい事実もある。太平洋戦争も戦争の持つ悲惨さも事実としてある。東京裁判の正当性はインドのパール博士が直裁に不当であることを指摘している。只、敗者は従うのみも現実である。  A級1戦犯4人が合祀されているからいけないと云う論はそれでよいのか、自らの罪を生命により償い、絞首刑後茶毘にふせられた遺骨は米軍により東京湾に散骨され、僅かな灰が持ち出され熱海山頂の興亜観音の西側に葬られ、吉田茂の書による「7人の士碑」が下界を静かに見守っている。

合祀は日本古来の儀式である。芳名を靖国に祀る行為は認められて良いのではないか。 忠臣蔵の47士は法を犯し切腹による自裁は今尚香華の絶えることがない。これが日本の武士道である。トムクルーズ演ずるラスト侍の共感性は人間の源に存する誇り、恥、勇気、謙譲を心奥に潜めている。まさに吉田松陰の語る「人の道を学び、人の道を行じてこそ人 なり、それにあらざれば禽獣とかわらじ」この意味こそ靖国参拝の心なのだ。

日露戦争の203高知の戦いで乃木稀典将軍は勝利とともに驕慢を生み謙虚さをなくした。  絞首刑の7人の士は日本再生と平和のために国に生命を捧げたので、この心を汲み取るのが武士道の心であり、現代に生きる日本人の役目である。城山三郎の名著「黙して語らず」を読み直すと靖国神社に向けて自然に拝んでいる自分が生まれる。

現在、小学校6年の教科書は社会の上下で歴史を教えるが、靖国神社は1字たりとも登場しない。日本の歴史の教科書をつくらないのは政治家、文部科学省、教員の日本を愛する心の稀薄以外何物でもない。自分を愛し、人を愛し、家族を愛し、仕事を愛し、地域社会を愛し、国を愛する心の連帯性の稀薄はこの心がないからである。

2005年06月03日

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