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今を語る、明日を生きる

山本五十六海将との交流はステッキが絆を深めた

 山本五十六海将は新潟県長岡市の出身である。山本海将の小学校の恩師、渡辺先生が世田谷松陰神社に転居された後、月一回松陰神社前を参拝するのが恒例行事となり、その後も一ヵ月に一回の訪問がリズムとなった。渡辺先生も山本海将の来訪を毎回楽しみにされていて、渡辺先生の私宅に私も少年の頃呼ばれ、家族交流をしていたのです。直接お会いしたのは二度程でしたが、そこが私と山本海将との出会いの場です。

 松陰神社には吉田松陰先生が祀られていますが、石灯籠が三十二基奉献されている。そのうちの一基が、かの有名な乃木希典将軍寄贈のものです。これは、乃木将軍ご本人が赤坂から三度乗馬で建設時の進行状況を視察にこられていた。後の関東大震災で、この乃木将軍の一基を残してあとは全部倒れたのです。乃木将軍の心が伝わり、灯籠を守り抜いたのです。灯籠といえども、心はあるのです。後で三十一基の石灯籠は復元された。おかげさまで、現在も毎週日曜日の午前中に松陰神社参拝は続けていて、必ず乃木将軍の灯籠にご挨拶をするのです。

 山本海将といえば、船上のイメージですが、徳富蘇峰より贈られた杖を大切にされたと伺った。その杖は、山本海将から渡辺先生に贈呈され、松陰神社前駅近くの渡辺歯科医院を経営する息子さんに引き継がれた。その息子さんが私に、「これから年を重ねるから」と杖を贈呈されたのです。このとき、山本海将が恩師を大事にされた想いが心深くに沁みたのです。ただ、この杖はすぐに蘆花公園近くの会館に贈呈したのです。現在も世田谷に受納されています。

 山本海将からは、統率力やリーダーシップ、指導力と今日でも我々が学ぶべきところが沢山ありますが、特に人としてのあたたかさをコロナ禍の今だからこそ再度学ぶべきだと思うのです。昨今の政治家の資質は寂しい限りです。どうしてここまで資質なしと言われる方が後を絶たないのか、非常に残念なことです。日本人はそんなに心卑しい人間ではありません。恥の文化を忘れ、自らを甘やかすことを続けている限り日本国の政治家の質は低落していきます。国会議員や政治に携わる方には歴史から大いに学び、置かれている立場にふさわしい資質を磨き上げていただきたい、と切に願います。

 この八月で、戦後七十六年。英霊の御霊、それぞれのご先祖様に恥じない生き方を全うし、日本の未来を想い行動していくべきではないでしょうか。

矢野 弾 2021年7月25日

 
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