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 終戦1954年から74年目を迎える。2019年は日本の興隆を決める節目の年である。1945年3月10日アメリカは下町を中心に猛烈な爆撃を行い10万人の死者がでた。5月は15日山の手に焼夷弾による集中爆撃を行った。世田谷区役所と隣接の国士舘は全焼した。近在の松陰神社は社殿の西側軒先を焦がしたが、境内は焼夷弾が突き刺さりまるで背の低い樹木が林立しているさまであった。ぞっとする光景で今でも忘れられない。東京はじめ日本は焦土と化したが先人はこの中から日本再興に聡智総力をあげた。日本は1950年の朝鮮戦争を機に戦争特需を背景に復興の足取りを固め1951年サンフランシスコ講和条約を調印して独立復帰を果たした。この講和条約には逸話がある。吉田茂総理は記念講演を英語でする用意をしていたが、随行の白洲次郎氏は日本が復帰独立を果たすので日本語ですべきと建言し西洋紙を貼り合わせ巻紙とし徹夜で書き上げた。その現物は狸穴の外務省迎賓館に展示されていると成城教育研究所の青柳恵介先生が語っていた。自立の時に大事な憲法のことは特に触れずじまいで経済復興に傾注した。

 日本の足取りは確かなもので1964年東京オリンピックを開催し大成功を治めた。この機会に新幹線、高速道路の完成と経済成長に全ての事業をシフトさせた。此の時日本橋は高速道路の下にされたのだが、今回の2020年オリンピックは56年を経て高速道路を地下に入れる計画を進めているが、3千2百億円の予算が計上されている。1965年オリンピック特需減退の煽りで不況に落ち込み山一證券が破綻に瀕したが、日銀特別融資を行い切り抜け再起への道を開いた。その3年後1968年当時の西ドイツを追い抜いて世界第2の経済国に日本は躍り出た。

 その日本が2010年12月中国に追い抜かれ世界第2位の経済国の地位を渡した。42年間世界第2位の経済国を走り続けた日本は素晴らしい国なのだが、その実感が皆無に近いのが虚しい。人口1億2千6百万人の日本、13億人の中国であれば生産基地中国が消費市場となれば日本を追い抜くのは自然の理である。その中国に3兆円のODA、尚且つ継続するODA,靖国神社は参拝不可、尖閣諸島は侵犯される、この状況は独立国ではない。宝山製鉄所建設に新日本製鉄所は1年間5百人の中国技術者養成に日本で迎え入れ、翌年日本から5百人の日本人技術者を送り込んで支援した。中国は日本をむしり取ることで成長の源としたのか、否、日本は善意の国だが、独立国の意志、自国を守る精神と憲法が自己を守る意志に欠けている憲法、しかもマンスフィールド在日大使が1991年9月8日日本経済新聞「私の履歴書」に記述した「この日本の憲法はどこから見てもアメリカ製」と断言している一文は2017年10月カレント誌に掲載、国会議員全員に配布したのです。憲法改正を提唱するより「レンタル憲法はマンスフィールド氏により公的に指摘されているのでそれを返上して自主憲法作成を提示されたら大いなる理解が得られるのではないですか」。

矢野 弾 2019年2月

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