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「死にたくない」の言葉を残して

 第74回目8月15日の全国戦没者追悼式に始めてご臨席の天皇、皇后様をお迎えして日本武道館において行われた。安倍晋三首相はじめ全国からご遺族6,203名余の方か参集された。太平洋戦争で亡くなられた230万人の御霊に心安かれとご冥福をご祈念の祭事が執り行われた。テレビの前にそれぞれの方が参集して君が代が歌われて全国民の心に平和の大切さと世界196カ国の平和を共に心より念じてこの祈りこそ平和への鎮魂の思いを世界への祈りとしたことは心安らかなれと平成の30年が結実された月日を過ごしたと言えるのです。まさに弥栄あれと言えるのです。

 天皇のお言葉は

 「本日、戦没者を追悼して平和を祈念する日にあたり、全国戦没者追悼式にのぞみ、先の大戦おいて、かけがいのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い深い悲しみを新たにいたします。

 終戦以来74年人々のたゆまない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築きあげられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものあります。

 戦後の長きにわたる平和の歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省にたって、再び戦争の惨禍が繰り返さない事を切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。」

 天皇、皇后様が日本武道館に見えられるので230万人の御霊安かれと9時40分手水で手を清め嗽をして靖国神社の本殿前の列に並び参拝したのです。

 次兄浩思は昭和21年21才満州からシベリアを経てウクライナに到着し病のためドロシコーフ病院に入院し栄養失調のため昇天する。戦友長崎氏の言葉によれば「死にたくない、死にたくない」と最後の言葉を伝えに我が家に来宅するが、昇天は長崎さんの伝えに心を共にせざるを得ないのです。出征前、詩人竹内てるよさん宅を訪問し半日「死にたくない」と泣きくれた。その後、自宅へ戻り墨をすり辞世の句を書き上げた。「武士の大義の道をわれ行かん桜と散りて国護るなり」ゴルフバチョフ持参の5万9千人の名簿には昭和22年と1年違いであったが、厚生省復員局は昭和21年と記述されていたが、復員局からの桐の箱から石ころが一つころりと転げでた。我が家は昭和21年2月12日が命日です。

矢野 弾 2019年9月

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